定年おやじの徒然散策

ついに60歳となりました。定年後のシニアライフを紹介します。

ナチスから逃れて屋根裏部屋で幼少期を過ごしたノーベル化学賞受賞者の話【読書感想】

先週、図書館で借りた『これはあなたのもの 1943-ウクライナ』(ロアルド・ホフマン[著]、川島 慶子[訳])は、福井謙一氏と共に1981年にノーベル化学賞を受賞したユダヤ人である著者が、第二次世界大戦中の酷い経験や、当時のヨーロッパ各国の情勢の解説に続き、戦時中の自伝的要素を基に書いた戯曲を記した書籍であった。

著者は化学者であると同時に、詩人・劇作家。
本書の内容は、化学に関する記述はなく、ユダヤ人としてナチスから逃れて屋根裏部屋で過ごした幼少期(1943-44年)の体験が主である。

著者の父親、祖父母4名のうち3名、叔母1名、叔父3名はナチスに殺されたが、著者と著者の母親は、良心のあるウクライナ人(学校の先生)の家の屋根裏部屋に匿われ、戦争を生き抜くことができた。

戦後、著者は母親とともにポーランドを出国してオーストリアとドイツの難民キャンプで過ごし、その後、11歳の時(1949年)にアメリカに移住した。

 

著者の母親が生まれたポーランドのズウォーチュフ(現在のウクライナのゾーロチウ)は、母親生誕当時はオーストリアハンガリー二重帝国の領地(ハプスブルク家領)。その後、ポーランド第一次世界大戦後)、ソ連第二次世界大戦後)、ウクライナ(1991年以降)へと現在までに属した国が4つ。

第二次大戦前のズウォーチュフの住民は、1/3がポーランド人、1/3がウクライナ人、1/3がユダヤ人。

1939年、ナチスソビエトポーランドを分割する契約を取り決め、1941年までズウォーチュフはソビエトの占領下となり、ソ連の秘密警察(そのほとんどがユダヤ人だったとの噂あり)は、その占領地のウクライナコミュニティー指導者(民族主義者)700名を、ウクライナ独立の先導者と見なして殺害。

ウクライナ人はユダヤ人を嫌悪し、大多数のウクライナ人はナチスに協力して、ユダヤ人殺害を支援した。

本書のタイトル「これはあなたのもの」は、屋根裏に匿ってくれたウクライナ人・デューク家の嫁が、母親の遺品整理中に母親のものでない指輪を見つけ、それを2002年に著者の家を訪れて返そうとしたとき、著者の母親が彼女に発した言葉。

著者らはウクライナ人に金貨や宝石を手渡して家に匿ってもらっていたのである。
生き延びようとする強烈な意思と現地住民の多大なる犠牲的貢献(匿ったことが知れれば殺される)の相互契約。

戯曲では、若く魅力的な彼女が、金品以外をも要求された可能性をほのめかす会話も。。。

著者の母親は、ウクライナ人すべてを「人殺し」とののしる。

また、ユダヤ人の仲間を救おうとして散った英雄である夫を、自分と子供のそばにいてほしかったとの思いから、「あの人を絶対に許さない」と言う。

それは大義の陰に押さえつけられた、社会的弱者の叫び。

著者は、「個々人の善行と集団の罪。それらを忘れずにいること、認めること、そうした記憶と認識のバランスをとることが本書(戯曲)のテーマ」という。

本書では、日本人のためにドイツ人、ユダヤ人、ポーランド人、ウクライナ人、ソ連人の複雑な関係性が理解できるような工夫(解説)がなされていた。欧州の歴史は、宗教や民族の複雑な対立が常であり、現在のロシアのウクライナ侵攻も、日本人では理解し難い残酷なヨーロッパ史の1ページである。

 

コロナパンデミックの収束後には、ヨーロッパへの旅行を楽しみにしている。

今は、旅先でのコミュニケーションのために「ラジオ英会話」で充電中であるが、訪問先の歴史や文化を少しでも理解しておくことも、大切なことだと心に留めておきたい。